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雀おどりの歴史
雀おどり總本店は、名古屋の栄(さかえ)にあります。
…江戸時代末期の安政三年(1856年)にはじまり、現在7代目。
ういろやわらび餅、あんみつ・ぜんざいが自慢の街の菓子屋です。
さて、最初に名古屋について。

尾張の国・なごやとは?
名古屋は尾張徳川藩の城下町として、名古屋城を中心とした商業・文化の都市です。

東海道の中継地であり、岐阜・長野の山奥・木曽川から豊かな濃尾平野が広がっています。
目前は、伊勢神宮に通じた海路があります。

中部地区は、地の利から、交易・文化の中心でした。
古来、何不自由ない豊かな土地柄として独自の発展を遂げてきた町です。

おっとりした人情味の土地柄で人柄。

よそに行くこともせず、こつこつと積み上げてゆく。
それが、正しい名古屋人の特長です。

良く言えば、堅実。悪く言えばケチ。
江戸時代以前から、暮らし向きも良く、
文化程度もかなり高いのに観光されてない分、

良いものがきちんと残ってる。
(悪く言えば、のんびりしていて少々排他的。)

近頃は、空港が出来たり、万博が計画されたりとなかなかにぎやかですが、私は気取らない名古屋が暮らしよいです。

やっぱ生まれた土地だからかな。

声かけていただければ、ご案内しますよ。
この文書は、うちの木看板に彫ってあった文章の写しです。
昭和27年だと、先代の元気だった頃で、

現在のお店が新築された当時のものです。

もともと、江戸時代末期の安政三年(1856年)にはじまった、
ういろやお餅、団子なんかを中心にした街の菓子屋でした。

名古屋は戦災でほとんどが焼けてしまいました。
それでも明治時代の年号入りのお椀とかならありますけど。

いずれにせよ、江戸時代から戦前まで名古屋の中心だった本町筋から、
戦後大津通りに引っ越したのは間違いないですね。

おかげさまで、たくさんのお客様にかわいがられて、
今日まで続けるコトができました。

ありがとうございます。そして、よろしくお願いします。
(左写真)昭和30年代の我が家です。
実はぜんぜん変わってないのですが、周りはずいぶん変わっちゃいました。
あ、屋根の看板は昭和30年代の台風で飛んでったそうです。

(右写真)隣は、同時代の栄テレビ塔です。
↑ こちらは、同じ時期の我が家の集合写真です。

おそろいの髪型と法被がいい感じですね。
ははは。

ちなみに中央は、4代目のばあちゃんです。

ここに写ってるみなさんも、
今では、全員孫がかわいい60代ですか。
↑ で、現在の雀おどり總本店。名古屋の栄にあります。

こちらが本店。
上の写真の40年後です。
まあ、ね。かわいいしょ。

住所は、名古屋市中区栄3丁目27−15
松坂屋本店南館向かい。大津通りGAP隣。
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